こんにちは、復縁屋ジースタイル復縁アドバイザーの佐藤です。

貴方は何故復縁をしたいと思いましたか?

復縁したいと思う気持ちを、たまねぎに置き換えてみてください。

そのたまねぎの皮をひとつひとつ剥いていくイメージで、復縁したい理由を挙げてみましょう。

前記した、「悲しい」、「苦しい」という皮が落ちていくと思います。

その皮のひとつに、「寂しい」というもがありませんでしたか?

わたしは、「寂しいから」という理由で復縁したいと思うのには、否定はしませんが、少々ストップをかけたい立場です。

寂しいという感情は、自分の存在価値が認められていないと感じた時に起こります。

ヒトは本来、群れで生きる生き物です。

それ故に、集団の中で自分の存在価値を確立したいと思い、「あなたに価値はあります」「あなたは必要です」と認められたら、安心するのです。

しかし、他人に認めてほしいという願望とは、言い方を変えれば、「他人の物差しで生きること」を意味します。

「寂しさ」は、自主性の無さと相似しています。

ここに問題があるのです。

他人に認められたいと思うのはヒトの性(さが)ですが、

  • 誰かに認めてもらわなければ、貴方ではありませんか?
  • 誰かに認めてもらわなければ、貴方に価値はありませんか?

そんなことはありません。

綺麗事に見えるでしょうが、本来人は誰にもみんな価値があって尊い存在のはずです。

他の誰でもない貴方自身が貴方を認め必要としていれば、他の誰かに評価されずとも生きていけるはずです。

「随処作主 立処皆真」 (ずいしょにしゅとなれば、りっしょみなしんなり)という禅語があります。

いつでもどんな場所にいても、真実の自分を主体にして精一杯生きていれば、自分以外の事柄に迷わされることはない。

という意味です。

人は本来寂しく揺らいでいて、主体性や自主性を持って一人で立つことはとても辛いです。

誰かにすがりたいし、自分で判断をすることが怖いために、「常識」や「一般論」に頼り、多数決の意見に従いたいのです。

しかし、数の多寡が物事の善し悪しを決めるわけではありません。

多数の人がやっていようが、赤信号を渡ることは間違いです。

一人と独りは違います。

一人は人数のことで、独りは孤独のことです。

先に述べた通り、ヒトは本来群れる生物で、孤独を嫌います。

さて、話を戻しましょう。

孤独な人が寂しさから復縁した場合、極端にパートナーに寄りかかるようになり、「重い」と言われてしまいます。

復縁でなくとも、そもそも離別をした理由が「重い」だった方はいらっしゃいませんか?

随処作主が無い人は、自分の判断が不安で意見が言えなくなり、「そっちが決めていいよ」と言いがちです。

しかし、そういう自主性・主体性のなさは重く、相手は「決めさせられている」と感じてしまい、端的に言えば鬱陶しくなるのです。

そして、我が侭なのです。

「相手に決める権利を与えているのに我が侭とは?」と思われそうですが、自分で考えることを放棄し、相手に考えることや決める責任を押し付ける行為は、我が侭だと思いませんか?

「何を食べたい?」と聞かれて、「何でもいいよ」という人が本当に何でもいいという場合は少なく、「じゃあ中華」と言うと「中華はちょっと~…」となるアレです。

何でもいいんとちゃうんかい!って言いたくなりますよね。

何が好きかについて考えるのは手間ですが、何が嫌いかについては案外それぞれボーダーを持っていたりします。

例えばそういうとき、「中華の気分じゃないかな。和食か洋食がいいかも」。

そういう返答をしてみたらどうでしょう?

相手だけに考えさせたり決める責任を押し付けるのではなく、自らが一定の枠組みを作り、その中で相手の意見を聞く。

意見のすり合わせですね。

こうやって、少なくても良いから自分の意見もきちんと伝えることが、自主性・主体性のなさが原因の「重さ」の脱却に繋がります。

「寂しいから」。

その理由は、正しい復縁理由と言えるでしょうか?

お相手は、一度お客様を受け入れてくれていた相手です。

そのときの心地良さに、また甘えようとしていませんか?

それは、元パートナー様の負担にしかなりません。

人は誰しも華やかで輝かしい、綺麗な面だけを見せたくなるものです。

しかし、光を当てれば必ず影が映り込んでしまいます。

この影は、貴方が経験した努力や苦労、本来の自分そのものであるはずです。

その努力の影、苦労の影が大きく色濃いほど、あなたはより立体的に、より美しく輝いて見えるのです。

影を持つことを恥ずかしがらず、恐れないでください。

それがあるからこそ、あなたは輝くのです。

孤独と戦い、寂しさと戦ってください。

独りで立ち上がる力を手に入れたあなたは、以前よりもきっと素敵になっています。

復縁は、その後でも出来るはずです。

好かれる努力はするのに、嫌われない努力をしない人は多いです。

必死に飾れば飾るほど肝心な“自分らしさ”を見失い、成りたかった自分像、当初の目的・目標からどんどん遠退いてしまうのはよくあることです。

復縁を目指す前に、まずは自分が何をすべきかを考えてみてください。

時には足踏みだって必要なことです。

復縁や復縁工作を、急ぐことはありません。

それでは、復縁屋ジースタイル復縁アドバイザーの佐藤でした!