復縁したいときに限らず日本人は(もしかすると外国人もかもしれませんが)、《謝罪をするときには手書きの手紙で》と、妙に手書きであることに価値を見出そうとします。

何故手書きが良いと考えるのでしょうか?

まず手書きである価値として良く言われるものが、「手書きのほうが気持ちが込められている」との言葉。
本当にそうでしょうか?

そもそも手紙に込めなければならない気持ちとは何でしょうか?
謝罪の文章であれば謝罪の言葉であり、愛の告白であれば愛の言葉です。
では、手書きでの「ごめんなさい」「愛してる」、例えばパソコンのキーボードで打ったりスマートフォンや携帯電話で入力した「ごめんなさい」「愛してる」、何が違いますか?
言葉の違いは何もありません。

確かに手書きのほうが”手で書く”という部分で労力が懸かっているように見えるかもしれませんが、パソコンでのキー入力であってもその他でも入力する労力は変わらないのが事実です。
手書きのほうがきちんと文章を推敲しているイメージが強く、そのせいで気持ちが込められているように見える部分もありますが、キー入力であっても推敲はしますし気持ちを込めることはできます。
手書きのほうが何となく努力を”していそう”との《イメージ》は強いかもしれませんが、実際大差ありません。
”していそう”は”している”とはイコールではありません。
もし手書きとキー入力の違いを何か上げるとすれば、古風であるか現代風であるかの違い程度です。
正直特にこだわりが必要な部分ではありません。

復縁したいお客様には、「謝罪の手紙を書いたんです」と仰る方が多くいらっしゃいます。
その中で、お相手様にお返事を頂けた方は本当に極一部です。
復縁屋・別れさせ屋ジースタイルが体感する割合で言えば、20人に1人程度でしょう。
わざわざ手書きで書いたのに、どうして返事がもらえないのか?
単純な理由です。

中身が伴っていないから返事がもらえない】のです。

謝罪はすればいいものではありません。
手書きであってもキー入力であっても、中身が伴っていなければただの言葉の羅列と同じなのです。

本来気にするべきは手書きかキー入力かではなく、お相手様に謝罪の気持ちが伝わり復縁に繋がるかどうかではありませんか?

手書きで努力をしていそうな気持ちになって努力をしたつもりになって、「頑張ったのに復縁できない!」と考えて落ち込むのは非常に無駄なことであると復縁屋・別れさせ屋ジースタイルでは考えます。
この努力を”していそう””したつもり”は大きな間違いで、復縁が失敗するときによくあるミスであると言えます。

それというのも、【努力を”していそう””したつもり”はお相手様には全く関係がない】という点です。
謝罪の言葉を手書きで書くことに限らずその他の自己改善においても、必要なことは【お相手様が認めるレベルに達しているか】です。
お客様ご自身が100パーセントの努力をなさっていても、お相手様の認めるレベルに達していなければ努力をしていないのと同じであり、お客様の独りよがりな自己満足な努力でしかありません。
お相手様から見れば、それは努力をしていないのと同意義であり、努力の度合いとしてはゼロパーセントなのです。
それを考えずに「手紙で一生懸命気持ちを伝えた。一生懸命言葉を考えた、文字を書いた!」と思っても、お相手様からすれば「ふーん」で終わってしまいます。
それでは復縁の芽が出ることはないでしょう。

復縁したいとき、【するべきことはお相手様にもう一度好きになってもらえる努力】です。
お客様がなさりたい種類の努力を、お客様の物差しで図って行っても復縁できることはありません。
お相手様が認める種類の努力をお相手様に認めてもらえる形で頑張るから、初めて意味があるのです。
意味がない努力を続けて復縁できないのは当たり前のことです。

手書きにこだわって、手書きであることに意味を感じて謝罪の言葉を連ねても、意味はありません。
大切なことは手書きであることではなく、その内容です。
ラインでもメールでも、質の高い謝罪であれば手段はどれだってかまいません。
復縁できない謝罪の仕方をやめて、本当に意味があってお相手様の心を癒せる謝罪をしませんか?
復縁屋・別れさせ屋ジースタイルでは、そのような【復縁に繋がる質の高い謝罪】についてもサポート致します。

■⇒別れさせ屋の方法について

■⇒別れを決断する前に