SNSで復縁屋や別れさせ屋について調べていると、
- 友達が依頼してた
- 知り合いが使ってたらしい
- 前にそういう人が身近にいた
- そういう業界って聞いたことある
といった話し方をしている投稿を見かけることがあります。
こうした投稿を見ると、
実際に近くで見ていた人の話のように感じてしまう方もいるかもしれません。
たしかに、まったくの無関係な人の話より、
身近な人から聞いたような話の方が本当っぽく見えやすいものです。
ただ、ここで少し立ち止まって考えてみると、
この話し方には少し不思議なところがあります。
それは、
自分で依頼したわけでもないのに、体験談のような距離感で語っていることです。
しかも、その「友達」や「知り合い」が本当にいるのかも分からない。
投稿している人が本当に第三者なのかも分からない。
それでも、読んでいる側はなぜか
本当の話に近いものとして受け取ってしまいやすくなります。
この感覚、よく考えると少しおかしくないでしょうか。
実体験ではないのに、
実体験のように見せる話し方がある
本当に依頼した本人なら、
まだ分かる部分はあります。
- 実際に相談した。
- 契約した。
- やり取りをした。
そのうえで感じたことを話しているなら、少なくとも本人の経験です。
でもSNSでよく見かけるのは、
そうではない話です。
- 友達が頼んでた
- 知り合いから聞いた
- 昔そういう人がいた
- 身近でトラブルになっていたらしい
こうした話は、
本人の経験ではありません。
つまり、実際には誰かから聞いた話だったり、
どこかで見た話を混ぜているだけのこともあります。
それなのに、話し方だけは妙に近く、
まるで自分が事情をよく知っているかのように見せる。
ここにまず、少し不自然さがあります。
「友達が依頼してた」と言われると本当っぽく見えるのはなぜか
この手の投稿が厄介なのは、
内容そのものより、
距離感の出し方がうまく効いてしまうことです。
たとえば、
- 私の友達が前に依頼してたけど…
- 知り合いが相談してたことあるけど…
- 昔、身近にそういう人がいて…
こう言われると、
ただの意見ではなく、
何か実際に見聞きした人の話のように感じやすくなります。
でも冷静に考えると、
- その友達は本当にいるのか
- どの会社に依頼したのか
- 何をもって失敗や成功と言っているのか
- 投稿者はどこまで事実を知っているのか
何一つ確認できません。
つまり、
信頼できる情報に見える理由は、
中身が確かだからではなく、
近い話に見せる言い方をしているからでもあります。
ここを見落とすと、
雰囲気だけで本当っぽく感じてしまいます。
そもそも、その投稿者が本当に第三者とも限らない
ここがさらにやっかいです。
SNSでは、
投稿している人がどんな立場なのか、見ている側には分かりません。
- 本当にただの一般利用者なのか。
- 依頼経験のある本人なのか。
- 競合なのか。
- 業者側の人間なのか。
あるいは、何かしらの意図を持って話しているのか。
見ている側には判断しにくいはずです。
それなのに、
- 友達が依頼してた
- 知り合いが使ってた
- 身近で聞いた話だけど
という言い方をされると、
なぜか自然な第三者の声のように見えてしまうことがあります。
でも、よく考えると、
第三者の体験談に見えているだけで、本当に第三者かは分からないのです。
しかもこの業界は、
情報発信の中に業者や同業が混ざっていてもおかしくない世界です。
そう考えると、
又聞きっぽい話を体験談のように置いている投稿ほど、
少し慎重に見た方がいいはずです。
確認できない話なのに、
なぜか判断材料にされやすい
SNS上のこうした話は、
本来であればかなり曖昧です。
- 誰が言っているか分からない
- 何を根拠にしているか分からない
- 事実かどうか確かめようがない
- 本人の体験ですらないことがある
それでも、見ている人はつい
- 「やっぱりそうなんだ」
- 「そういう業界なんだな」
- 「この会社は危ないのかもしれない」
と受け取ってしまうことがあります。
なぜそうなるのかというと、
人は身近な話に見えるものを信じやすいからです。
ただの悪口よりも、
「友達が使ってた」という一言がつくだけで、
急に現実味が増して見えてしまう。
でもその現実味は、
必ずしも事実の重さではありません。
むしろ、
確認できない話なのに、近さだけで判断材料にしてしまうこと
の方が危ないのかもしれません。
会ったこともないのに“知り合い感”を出すのは、
何を信じさせたいのか
この手の投稿を見ていると、
内容より先に、
なぜそんな距離感で話すのかが気になることがあります。
- 自分で依頼したわけでもない。
- その人と直接会ったわけでもない。
- 詳しい契約内容を知っているわけでもない。
それでも、
- 「知っている側」
- 「事情を分かっている側」
のような雰囲気で話す。
これは言い換えると、
中身の確かさではなく、
距離の近さで信じさせようとしているとも取れます。
もちろん、全部が意図的とは限りません。
ただ少なくとも、
会ったこともない相手の話を、
まるで自分の身近で起きた確かな出来事のように置くのは、
少し雑です。
そこで信じてしまう側も、
何が本当に確かで、何が演出なのかを見分けにくくなります。
問題は、そういう投稿があることより、
信じる側の見方にもある
もちろん、曖昧な話し方をする投稿には違和感があります。
ただ、このテーマで本当に大事なのは、
そういう投稿があることだけではありません。
もっと大事なのは、
なぜ読んでいる側がそれを本当っぽく受け取ってしまうのかです。
不安なときほど、人は
- 誰かの経験談を探したくなる
- 中の人っぽい話に惹かれる
- 身近な話の方が信用できる気がする
- はっきり言い切る投稿に安心感を持ってしまう
ことがあります。
でも、そこに乗ってしまうと、
本来は確認できない曖昧な話まで、
「参考になる声」として扱いやすくなります。
つまり危ないのは、
投稿者の雑な話し方だけではなく、
近い話に見えれば信じてしまう見方の方でもあります。
本当に見た方がいいのは、
“誰の何の話か分かるかどうか”
SNSで復縁屋や別れさせ屋の情報を見るときに、
本当に大事なのは、
投稿が肯定的か否定的かだけではありません。
それより先に見た方がいいのは、
- その人は誰なのか
- 本人の体験なのか
- どこまで事実を知っているのか
- 何を根拠に話しているのか
- それを確認できる要素があるのか
ということです。
- 「友達が依頼してた」
- 「知り合いが使ってた」
というだけでは、
それは何も確かな情報になっていないかもしれません。
むしろ、誰の話か曖昧なまま、
本当っぽい空気だけが強くなっている可能性もあります。
だからこそ、
体験談のように見える投稿ほど、
本当にそれは誰の、何の話なのかを冷静に見た方がいいのです。
又聞きなのに体験談っぽく広がるのは、
ちょっとおかしくない
SNSでは、
本当に自分が経験したことではないのに、
まるで見てきたかのように語られる話があります。
しかもそこに、
- 「友達」
- 「知り合い」
- 「身近な人」
という言葉が乗ると、急に信じやすくなります。
でも実際には、
- 本人の経験ではない
- 確認できない
- 第三者かどうかも分からない
- 業者や同業の可能性すら否定できない
という曖昧さが残っています。
そう考えると、
問題なのは単に又聞きであることではなく、
又聞きなのに、体験談のように見せて広がっていくこと
なのかもしれません。
まとめ
SNSで復縁屋や別れさせ屋について調べていると、
- 「友達が依頼してた」
- 「知り合いが使ってた」
といった話を見かけることがあります。
ただ、そうした話の中には、
本人の体験ではないものも多く、
何をどこまで知っているのかも曖昧です。
しかも、その投稿者が本当に第三者なのか、
業者や同業ではないのかも、見ている側には分かりません。
それなのに、
距離の近い話し方をされるだけで、
なぜか本当の体験談のように見えてしまう。
この感覚は、少し立ち止まって見た方がよさそうです。
本当に見るべきなのは、
「友達が」と言っていることではなく、
その話が誰の、何を根拠にしたものなのかが見えているかどうかです。
又聞きなのに体験談みたいに語ること。
そしてそれを、何となく本当っぽいものとして受け取ってしまうこと。
その両方に、少し違和感を持った方がいいのかもしれません。
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この記事を書いた人:三瀬
株式会社ジースタイルで別れさせ工作・復縁工作の現場業務を担当する女性工作員。現場での経験をもとに、復縁屋・別れさせ屋業界についてのコラムを執筆しています。
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